2017年、初めて香港で開催された展示会に出た。『雨傘運動』の前年である。
ふだん息抜きに来る香港で働くのは新鮮だったものの、特別な商談もなく、手伝ってくれた香港の友人との親睦会のようで、展示会開催中に限り3倍に値上がった隣接ホテルの欲深さに、今さらながら感心するだけだった。
ところが、ここでおかしな男に出会う。
60歳はゆうに過ぎているだろう。「大阪に行ったことがある」と声を掛けてきた。
訊けばミラノ在住とのことで、4週間後に予定しているミラノ出張の話をしたところ、翌日、金メッキのSEIKO製の腕時計を持ってホテルに現れた。
「ミラノで会うとき、これを修理して持って来てくれ」と言う。
決して高価な時計ではなかったものの、物品を預けることで、いきなり私の懐に入ってきたという訳だ。
腕時計を取りにBVLGARIホテルにやって来た彼を夕食に誘い、メニューを貰うなり、彼は恥ずかし気に「実は、私はユダヤ人なのです」と言う。
そして、時計の修理代の代わりのようにしてプレゼントを置いて帰った。
オリーブオイルだった。
私がミラノに来た理由は、オリーブオイルのビジネス・パートナーと会うためで、まさか「他社製品を取り扱おう」なんていう発想は、もうとう有り得なかった。
当時、主力候補としていたのは“Dr. M. Mosconi”の最高級ブランド。
どの品評会でも金賞を取る逸品だが、知識不足のビジネスマンが多い日本のマーケットでは、当分の間、売れないだろうと感じていた。
Dr. Mosconi氏は、ヨーロッパ最古と言われるボローニャ大学医学部の出身だ。耳鼻咽喉科医で、香りの専門家としてイタリア政府の依頼で「ソムリエ研修」や「香り判定」の仕事などもしているプロ中のプロだ。
いくら彼の商品が良くても、これでは売り難いこと甚だしい。
心中では、私はもう少し分かり易くて、説明もし易い商品をイメージしていた。
オランダ経由で帰国した私は、プレゼントに貰ったオリーブオイルの調査を始める。
まずは味、香り、喉越し。
その後に、ビジネス上での関連情報や財務状態、ビジネス環境や事業の将来性など…。
これらすべてをクリアした後に、あのユダヤ人に“CENTONZE”社との取引き開始を依頼した。
2017年5月、ミラノで隔年毎に開かれている“TUTTO FOOD”に出展している“CENTONZE”ファミリーと会うために、料理研究家の宮前真樹さん夫妻と共に成田を発ち、ミラノ・マルペンサ空港に早朝到着した。
どんな社長なのか? 写真と実物は違うよね?
シシリー島の南部と言われてもにわか仕込みの知識では到底、追いつくはずもない。
2日目の展示会見学を早めに切り上げて、リナーテ空港からパレルモへと飛ぶ。
DUTY FREEフリーショップに数多並んだ“CENTONZE”商品を見て、心密かに満足する。
一旦、ワグナーホテルに荷物を置き、軽装で空港へと向かい、展示会を終えたAntonino社長を待つことにした。
バイク乗りだという彼は、200キロ近い夜道を飛ばして彼の農場へと先行した。
彼のファミリーは、ご両親、奥様、長男、長女。2匹の犬、たくさんの猫、うさぎや鳥たち。
ライトアップされたプールサイドを散策すると、千年樹の威容に出迎えられる。かつては、ギリシャ領地だった証拠のような石垣が、所々に突き出て在る。
6時間ほど束の間の睡眠は、鳥のさえずる声で破られる。
手焼きのパンやフレッシュな野菜、卵、卓上にはCENTONZE。
ここでは、ブレックファーストさえも新鮮に感じる。
CENTONZEオリーブ農場をしばらく散策する。
一列ごとにオリーブとオレンジを交互に栽培しているとのことだ。
スペインでは列を作らないし、他の樹木は混合させない。これはイタリアの特徴である。
シシリー島では、島の西側がオレンジ、東側ではレモンがよく取れるそうだ。
ランチは、シシリー島の伝統料理。
これには心底驚いた!
私たちがつくっている“中国點心”に酷似した“ダンプリング”が、何と多いことか!
勿論、味やスパイスは違う。
しかし、ここも小麦の文化圏だ。
シルクロード以前から中国と地中海の文化は繋がっていたのだ。麺も餃子も中国だけの食文化の産物ではないのだ。
実はこのとき、、、
『銀座 飛雁閣』の卓上に“CENTONZE”を置き、中国料理にオリーブオイルを合わせるという「考案」が発想された瞬間だった。